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Journal > curation news > September,2017

【Living on Reading 読み暮らす人のための本の話】
さようなら、すべてのエドワード叔父さんたち

戦争は、何が原因で、どんな風に始まり、どうすれば終わらせられるのか?

東京日記・俘虜記

左/『東京日記』(思潮社 1992年刊/現在絶版)リチャード・ブローティガン著 福間健二訳 ページ数:186ページ
中/『ブローティガン 東京日記』(平凡社ライブラリー 2017年刊)リチャード・ブローティガン著 福間健二訳ページ数:208ページ1,300円(税別)
右/『俘虜記』(新潮文庫 1967年刊)大岡昇平著 ページ数:576ページ 750円(税別)

ほとんどの人が望まないことでも、それが起きた方がトクをする人がいて、その人たちが、それを起こせる権力者たちと結託(利益を分け合う約束)すれば、それは起きる──とすれば、「結託」(利益)の圏外にいる普通の人にできることはあまりない、ということになってしまうけれど、そんなことはない。
多分、普通の人にできる最上のことは、歴史をしっかり読んで学ぶこと、そして、どんなに狂った世の中でも正気を保つことだと思う。
実は、それはとても勇気のいることで、戦争に行くよりも厳しい(死に近い)ことかも知れない。

■『ブローティガン 東京日記』

詩人リチャード・ブローティガン(1935−1984 アメリカ・ワシントン州生まれ)が初めて来日したのは1976年の5月上旬。
泊まったのは、多分、できて間もない京王プラザホテル(東京・新宿)で、街をあちこち彷徨い歩きながら、5月13日から6月30日まで毎日(!)素晴らしい詩をたくさん書いた。

何が素晴らしいって、それはもう、読む以外にないのだけれど、東京という街が、人が、束の間の出会いが、旅行者の日々の小さな出来事が、空の色が、通り過ぎる風が……すべての喧噪が静かに語られていて、読んでいると、まるで詩人と一緒に東京の街を歩いているような気分になるのだ。

そして、もしかしたらそれ以上に胸を打つかもしれないのが、詩集の前文「はじめに」だ。副題は「さようなら、エドワード叔父さん、そしてすべてのエドワード叔父さんたち」。

日米戦争の中で亡くなったブローティガンの叔父さん、エドワード(当時27歳)への哀悼だけでなく、すべての永遠に失われてしまった人生へのメッセージが、感傷を排して綴られている。
この「さようなら、エドワード叔父さん……」を読むためだけにでも、この詩集を買う価値がある、とさえ言える名文だ。

『東京日記』の初版は1992年に福間健二訳で思潮社から出版された。
表紙には『東京日記』という日本語タイトルの下に、詩集の原題『June 30th, June 30th』(米国では78年刊)が記されている。
June 30th, June 30thとは、6月30日に日本を発ったブローティガンが、日付変更線をまたいで同日を再体験した、それをそのまま書き留めた風情のタイトルだ。

この思潮社版の『東京日記』は装丁もきれいで、挿画も(油彩のロボットやオブジェなど)詩の雰囲気とピッタリな美しい本だったが、長らく絶版……
それが、この夏、平凡社ライブラリーから復刊!
版形は小さくなって挿画もないけれど、福間健二さんのさらなる解説(詩人長谷川四郎の「ディキンスンのロシア語」の詩も登場)が加筆されている。
ぜひ手に取ってほしい詩集です。

■『俘虜記』

こちらは初版は1952年(昭和27)、文庫版初版は1967年。以来、現在までなんと66刷。
著者、大岡昇平(1909−1988)は京都大学でフランス文学を学び、卒業後は重工業系企業に勤めていた。
その著者が、第二次大戦の末期、35歳で徴集されてフィリピンに赴き、レイテ島で捕虜となった。
スタンダールを愛読し、学問としての哲学を否定する大岡が、冷めた目で、淡々と、しかし執拗に、つぶさに記録した「極限一歩手前」の状態の人間群像だ。

戦争の混沌も、収容所の人間関係の凄まじさも、そこで何カ月、何年と生活していると「日常」になる。
捕虜である日本兵同士のいがみ合い、監督する立場の米兵たちの人間模様、そして日本兵と米兵のやりとり…。

現在でも時々、先の戦争の大義を持ち出したり、日本人の崇高な精神、というようなことを言い出す人がいるけれど、
戦争の最終章で命惜しさに相手を蹴落とし、ひとつのものに群がる人々には、大義も崇高な精神もあったものではない。

収容所という社会の状況や人間関係は、醜悪で、狡猾で、残酷。しかし、涙も笑いもあり、温もりもある。
異常が常態化した「日常」の中には、やはり日常なりの悲喜こもごもがある。
人間の本質、というよりも、東の果ての日本人、と戦争の本質を知るズシリと重い1冊です。

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