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Journal > curation news > November,2017

【Living on Reading 読み暮らす人のための本の話】
恋愛小説のことなど

「永遠に変わらぬ思い」の輝き

東京日記・俘虜記

左『ティファニーで朝食を』(新潮文庫 1969年刊)トルーマン・カポーティ著 龍口直太郎訳 ページ数:272ページ 絶版/Books and Modernには状態良好な在庫あり
右/『冬の物語』(新潮社 2015年刊)イサク・ディネセン著 横山貞子訳 ページ数:368ページ 2,400円(税別)

そんなにたくさん読んでいるわけではないけれど、感動的な恋愛小説(映画も)に出合うことはまれで、私の納得のいくエンディングが用意されていることも、ほぼ、ない。
ハッピーエンド(結婚するとか、「愛している」とか言って終わる)であれば、「この後が、大変なのに……」と思うし、
悲劇の場合は、実際解決できそうな問題が恋愛とすり替えられていることがほとんどなので、その演出の甘さに憤慨する。

結局、人生や人間をまるごとを描くのに恋愛というテーマを持ってくるのは難しいのだろうなと思うし、反面、人間のダメな部分を描くのには恋愛はぴったりだ、などと意地悪なことも思う。

■『ティファニーで朝食を』

そんな私の意地悪心もすっかりほどけてしまう恋愛小説ベストワンが、ニューヨークを舞台にした『ティファニーで朝食を』だ。
これを恋愛小説と言っていいのか分からないほど、心と人生の機微が丁寧に描かれた名作だと思う。

龍口直太郎(アメリカ文学研究者1903−1979)の訳も素晴らしい。
物語後半、不埒な女主人公ホリー・ゴライトリーが、ブラジル人外交官をたぶらかして婚約し、さあ、近いうちに南米にお引っ越し……という場面。セントラルパークをホリーとともに乗馬で散歩する語り手の「私」の気持ちの純情さ!

「ほおら、ね」と彼女は叫んだ、「すてきじゃない!」
すると、それはまったくとつぜんだったが、陰影に富んだホリーの髪の毛が、赤黄色い木の葉のひかりに照り映えてパッと輝くのをながめているうちに、ふと彼女に対する愛情がこみ上げてきて、私はあとに取残される自分を憐れむやるせなさも忘れ、彼女がそれをしあわせと思うなら、ブラジル行きもいいだろう、という気持になってきた。
目立たぬほどの静かな歩調で馬が跑(だく)をふみはじめると、そよ風がハタハタと私たちの肩や顔を打った。日向に出たかと思うと日陰へはいり、浅い水たまりもいくつか渡った。
うれしさが、生きていることのよろこびが、ダイナマイトが炸裂したように私の五体をゆさぶった。(※新潮文庫より抜粋)

そして終盤、マフィアがらみの事件で逮捕された上、取り調べの最中に体調を崩したホリーを警察の病院に見舞った「私」の心情は、恋も友情もすっ飛ばして「保護者」に。

「不法逮捕のほかにまだいくつも警察を訴えてやる理由があるわ」(中略)
彼女が冗談まじりに警察のことを口に出すのを聞いて、私はあきれかえると同時に、哀れな感じがした。自分の前に横たわっている厳しい現実を見通す眼が彼女にないことを、それはあまりにもはっきりと物語っていたからだ。
こいつはおれのほうでよほどしっかりした叔父さんの立場に立たんといかんぞと思いながら、私はこういった──
「ねえ、ホリー、こんどのことは冗談どころの騒ぎじゃないよ(後略)」(※)

ある時期、つかず離れずそばにいて、さほど執着するわけではないが気に掛け、見守る。
深い愛着を持っていることは確かだけれど、それを伝えることはほとんどなく、互いの人生が離れた後、思い出す時に心にあるのは幸せを願う気持ち。
人生の一時、心を通わせてに過ごし、大小さまざまなことを偶然に分かち合った──そういう人がいて、いくつかの会話が思い出せるとしたら、それは人生の宝だ。
大恋愛の思い出なぞよりも、そういう一見どうでもよい遠い日の出来事に、人は命を救われると思うからだ。

原作の初版は1958年。すでに多くの読者を獲得しているこの小説をいまさら紹介するまでもないのだが、なぜ書くかと言われると、ひとえに「好きだから」。
そして最近、この『ティファニー…』を超えるような美しい恋愛小説に出合ったからだ。

■『アルクメーネ』(短編集『冬の物語』より)

イサク・ディネセンの短編『アルクメーネ』も、これを恋愛小説と言っていいのか分からないほど正直な物語だ。
男女の(というか、ふたりの人間の)面白くも悲しい性質の違い、運命のままならなさと温かさがほんわりと伝わってくる。

この短編集は、主に1940年、まさにデンマークの「冬」の時代に書かれ(同年4月にドイツの侵攻を受け45年まで占領下に置かれる)、1942年に発刊されたが、小説の時代背景は19世紀半ばから末にかけてとなっている。

1940年当時すでに懐かしい時代、お祖父さん、お祖母さんが若かった頃の物語……という趣で、暖炉のそばで読むのにぴったりな雰囲気の短篇集を『冬の物語』と題したディネセン。
しかし、実際は、それ以上に『冬の物語』というタイトルで、これから訪れる厳しい時代を前に「知性と知性の静かな連帯がある」ということを読者に表明したのではないかと思う。
私のこうした感想は、訳者、横山貞子さんの素晴らしい「あとがき」を読んでのもので、つまりこの短篇集は「あとがき」も感動的なのです。

美少女アルクメーネと、語り手「私」の人生は、物語の最後まで、交わることなく過ぎて行く。
でも、ほんの幼女だったメーネ(アルクメーネの愛称)の姿、教会に付属した小さな家、美しさが匂い立つような青春時代のメーネ、「私」の領地の森の小道、心躍るコペンハーゲンへの旅、交わした真心の言葉のいくつか……そうしたすべての小さいものが、「私」やメーネの人生を支えていることが、そっと伝わってくる。

『ティファニーで朝食を』と『アルクメーネ』、どちらも人が持ちうる「永遠に変わらぬ思い」というものを描ききった名作だと思う。

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