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Column > goods/book > January,2018

【Living on Reading 読み暮らす人のための本の話】
読書もアクション

普通の人は、都市の変化をどのように受け止めたのか?

ジェイコブズ対モ^−ゼス・1960年代の東京

左/『ジェイコブズ対モーゼス』(鹿島出版会 2011年刊)アンソニー・フリント著 渡邉泰彦 訳 ページ数:320ページ 3,000円(税別)
右/『1960年代の東京 路面電車が走る水の都の記憶』(毎日新聞社 2008年刊)
池田信 写真 松山巌 解説 ページ数:240ページ 2,800円(税別)

2020年にはオリンピックが来るらしい。
競技と関係のある地域や、すったもんだのあった豊洲の工事は急ピッチで進むそうだ。
併せて都市のバリアフリー化もするから、都民はオリンピック後には恩恵にあずかれるという。
東京で生まれ育ってうん十年、無関係ではないはずなのに、傍観者な気持ちになってしまうのは、すべてが普通の生活とは離れたところで議論され、決定され、ご都合で進んでいる感じがするから……。

■『1960年代の東京 路面電車が走る水の都の記憶』

1959年5月、西ドイツ(当時)のミュンヘンでのオリンピック総会で1964年の開催地が東京に決定した。この決定に「日本中が沸いた」と言われている(けど、私はあまり信じていない。反対の人だっていただろう)。
そして、この決定を受けて東京の大改造計画が動き出した。

『1960年代の東京……』には61年から72年までの間、オリンピックに向けて改造が始まる前の東京、変貌する東京の写真が収められている。
撮影した池田信氏(いけだ・あきら1911−87)は、写真家ではない。

「私は、都立日比谷図書館で資料課を預かる立場にあり、毎日そこで管理している東京資料やその他の古い資料をながめているうちに、まだ明治や大正の俤(おもかげ)をいくらか残している東京の姿を記録しておいたらと考えるようになりました」(※1968年刊の池田信著著『みなと写真散歩』はしがき/本書解説文内に引用)。

写真は、ほぼすべて池田さんの目の高さで撮影されている。
もし彼が写真家であれば、立ち位置を工夫しイメージを増幅させたかもしれないが、そうしなかったことでかえって画面に真っ正直な東京の姿が現れている。
そうして書館資料課勤務の生真面目さそのままに、まんべんなく、きっちりと、資料としての東京を撮り続けた枚数、総計2万3363カット……。

「昭和36年、気がついて見ると、オリンピック東京大会準備の為ということで、東京の街は俄(にわか)に且つ極端にその容貌を変えはじめました。
昨日までの町は壊され、堀割は乾かされて自動車が走り、川の上の高速道路ができて、下に水が、空には自動車が流れるようになったり(中略)、昔を偲ぶよすがも見当たりません。
それどころか、過去の道路行政の貧困さの責を、交通渋滞は都電のせいだとして、多くの都電の営業路線を廃止し、数年後には全部なくすそうです」(※)。

この言葉からは、撮影動機が「記録しておいたらと考えるようになりました」程度のものではなかったことが伝わってくる。

巻末の松山巌(1945− 建築家・詩人・評論家)の解説が素晴らしい。
松山は、かつて「東洋のベニス」と言われた水辺の都市、東京の全域を網羅していた小さな河川を暗渠にした愚策を「もしこれらの河川が保守されていれば、東京は防災都市になり得ただろう」と嘆いている。
水辺の都市、東京──。
夢のような、しかし実現不可能ではなかったはずの東京の姿が、浮かんでは消える。

■『ジェイコブズ対モーゼス』

さて、こちらはニューヨーク。
1950−60年代、「マスタービルダー」と言われ、行政、産業、メディアを牛耳り、ニューヨークの都市計画をグイグイ推し進めていたロバート・モーゼス(1888−1981)。
誰も彼には逆らえない、逆らわない中、一介の主婦にして叩き上げのジャーナリスト、運動家のジェイン・ジェイコブ(1916−2006)が声を上げた!

本書『ジェイコブズ対モーゼス』では、気鋭のジャーナリスト、アンソニー・フリントが、当時のジェイコブスとモーゼスの戦いの数々を再検証、分析している。

当時モーゼスは、ナポレオン三世時代にパリ大改造を手掛けたジョルジュ・オスマンさながらに大型建築、高速道路計画、低所得者向け住宅建築をどんどん進めていた。
それに対してジェイコブスは、現地調査と現実的な観測、分析で市民の生活や小規模経済圏としての地域のゆたかさがどのように育まれ維持されるのかということを旗印に、草の根ネットワークを駆使してモーゼス案の廃案を迫った……その勝負の行方は!?

都市計画、それも60年前、しかもニューヨークの話というと一般読者はそんなに興味を持てないかもしれない。
でも、学歴もコネもないペンシルバニア出身の女性がニューヨークに出て、会社勤めをしながら社会に対して健全な問題意識を抱き、質実あるジャーナリストとなって大活躍する姿は、一人の女性の人生として痛快で一気に読ませる。

ちなみに、運動家としてのジェイコブスの声が確かな反響を得られはじめた61年に、彼女の処女作『アメリカ大都市の生と死』は発行され、センセーショナルを巻き起こした。
この『アメリカ大都市…』は今日、建築家必読の書となっているが、それよりもこちらの「対決話」の方が、都市計画の裏側も見えて、面白く読めるような気がする。

さまざまな利権の渦の中で、東京はすごい勢いで変化し続けている。
ジャーナリズムとも運動とも遠い私は、理解できないこと、納得いかないことがあると、本を読む。読書もアクションだと信じているから。(W.H.)

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