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Column > curation news > May,2020

【Living on Reading 読み暮らす人のための本の話】
エレガントな女性特集7冊、と1冊

それぞれの人生、日常、旅、好き嫌い……

生きていればいろいろなことがあるものだ、と思ってはいたけれど、自分が生きている間に世界的なパンデミックが発生するなんて……、そうお思いの方、多いのではないでしょうか。

そして「家にいる時間にこそ、読書」と言われる初夏の日々、私のところにも「7日連続で本を紹介してね」というオーダーが……。
本を紹介するのは本業ですが、こんな時だからこそ普段はあまり紹介する機会のない絶版本、躊躇なくご紹介してみました。
少し前にSNSで7日間、長々と書き綴ったものをダイジェスト、プラス1冊でお届けします。

■ブダペストから始まる世界旅行

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左『溶ける街、透ける路』(2007年 日本経済新聞社)多和田葉子著
右『ルーカス・クラナッハの飼い主は旅行が好き』(1989年 徳間書店)山本容子著

『溶ける街、透ける路』は、2005年の春から2006年の末まで、世界51都市を巡った多和田葉子さん(小説家、劇作家)の旅の記録。
日本経済新聞本紙の連載(2006年1月から1年間)だったので、読んでらした方、多いかと思います。
私は毎週楽しみにして(「あ、今日は土曜日! 多和田さんの日だ」)、読んで切り抜いていたくせに、単行本になったらやっぱり嬉しくてすぐ買いました。

多和田さんのエッセイは、完璧なフレーミングの映画のように読む人をその世界に心地よく浸らせてくれる。
ピリッとしたユーモアがあって、楽しく読ませてかつしっかりと歴史・地理物語で、評論で、芸能・文化ニュースで、ちょっとした言語学的トリビアもちりばめられていて、世界の作家や作品の話題もあるので、さらに手に取りたい本も増えてしまいます。

そして2冊目、旅つながりで山本容子さん(銅版画家)のエッセイ『ルーカス・クラナッハの飼い主は旅行が好き』(初版を友人からプレゼントされて以来、何度友人知人にプレゼントしたことか!)。
ロシア(当時ソ連)やヨーロッパ、南米など、世界各地を“パートナー氏”と旅した思い出話集ですが、国や都市よりも「窓」「ベッド」「水」……といった手で触れられるものをテーマにして、女性らしい観察眼でひねりの効いたコメントを連発。
旅先に限らず、日常の出来事や場所を新鮮にとらえなおすものの見方に、ナルホドー!
食事している時に「写真」ではなく「音」を録る(当時はテレコ、今は携帯のレコーダー)なんて、家でマネしてやってみましたが、ちょっと面白かったです。

この本を初めて読んだ二十歳の頃は、夫どころか婚約者でもない“パートナー氏”と旅に出る、なんて、すごい、翔んでる!(って、30年前は言った)思ったものですが……50を過ぎて、旅なんて誰とだって行ける時に行きゃいいんだ!、と思う「stay home」な春……。

■そして、ニューヨーク、海辺へ……

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左『嫌いなものは嫌い メトロポリタン・ライフ入門』(1981年 晶文社)フラン・レボウィッツ著
右『海辺の家』(1999年 みすず書房)メイ・サートン著

3日目は、フラン・レボウィッツ(1951-)、『嫌いなものは嫌い メトロポリタン・ライフ入門』(1981年 晶文社)。
山本容子さんも『ルーカス・クラナッハ…』(先述2冊目)の中で「大好き」と書いている、ニューヨークきっての辛口コラムニストです。
フラニー、今年69歳かぁ、と少し心配になってネット動画で確認しましたが、歳を重ねてますますリベラルな批判精神エンジン全開な感じで、頼もしいことこの上ない!
繊細な心を明晰な頭脳で隠したフラン・レボウィッツは、権力から遠くあって誠実に生きようとする人々(私たち!)を景気良く援護射撃してくれる。本物の知性ってブレないものなんだな、というようなことは、読後しみじみ感じることで、読んでいる時はただただ笑えます。

例えば「子どもと大人はここがちがう」項、以下抜粋。
「子供は大人よりも良い質問をする。
“クッキー食べていい?” “なぜ空は青いの?” “牛はなんて鳴いているの?” といった質問には、
“原稿はどこです?” “なぜ電話をしなかったんですか?” “弁護士はだれです?” なんて質問よりもずっと朗らかに答えられる」。
古書店で探して読んでください☕️。

4日目は、フラニーの住むニューヨークからも近いメイン州の『海辺の家』by メイ・サートン(1912-95)。
メイ・サートンは、4歳の時に両親とともにベルギーから亡命……、若い時は劇団を主宰したりしたらしいですが、詩や小説、そして何よりも自立した女性として自らの生活、人生観、自然観を綴った随筆、日記で現在も多くの読者を魅了し続けている米国を代表する作家です。
サートンがこの家にひとり越してきたのは1973年、61歳のとき。『海辺の家』は、1974年11月から76年8月までの日記です。

生活が慌ただしかったり、逆に停滞気味だったり、不規則で疲れが抜けないような時に、人の “生活の話” を聞いたり読んだりすると心が安らぐことがありますよね。
語られる日々の孤独だったり、忙しかったり、優雅だったり、貧乏臭かったりのいろいろな風景が、不思議な説得力をもって、「人生、一歩一歩だ……」と思わせてくれる。
他人の日記を読んで、元気になる……けっこう効き目あります。

■湖畔の家、作家の生活と芸術

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左『contemporary natural』(2002年 Thames & Hudson)
右『Lucie Rie, A Retrospective』(2010年)

気持ちが落ち込んでいる時に「作家の日記」を読むと“人生、一歩一歩だ” とポジティブになれる」、というのと同じようなことが「作家の家」を見てもいえるようで……
5冊目は、世界的に活躍するアーティスト、デザイナーの家(別荘も)を美しい写真で紹介した『contemporary natural』です。
舞台は、アイスランドやフィンランドなどの北欧も含むヨーロッパや、アフリカ、アメリカの、都市ではなくちょっとユニークな郊外や田舎。
アーティスト達が自らの創作のテーマや、インスピレーションの源となる素材と向き合いながら、何年もかけて作り上げた(と言うか、作りながら暮らしている)家を取材しています。
実は、私、この中のリトヴァ・プオティラさん(1935-。フィンランドのインテリア&テキスタイルブランド WOODNOTES の創始者でデザイナー)の湖畔の家、行ったことあるんです! フィンランド東部カレリア地方の湖に浮かぶ小さな島までボートで渡って行くと、桟橋で待っていてくださったなぁ。キラキラ輝く水面を見ながら、いろんなお話をうかがったことは幸せな思い出……。
“デザイン” や “アート” のみならず、私たちが帰っていく場所(価値観)に触れる美しい本です。

6冊目は『Lucie Rie, A Retrospective』。
2010年4月から2011年6月まで、東京を皮切りに栃木、静岡、大阪、 山口の全国5都市を巡回して開催された「ルーシー・リー展」の図録。説明するまでもなく、ルーシー・リー(1902-1995)はウィーンの名門ユダヤ家系に生まれ、ナチズムから逃れロンドンに移住し、生涯を通して「確固とした」造形と釉薬の技巧によって美しい器を制作し続けた陶芸家です。

「確固とした」という意味は、彼女の生きた①時代と、②暮らした場所、③出会った人に豊かな影響を受けつつ、④陶芸の伝統的な(古典的とも言える)美を追究し続けて獲得した独創性、という意味(個人的解釈です)。
この①〜④について具体的に語り出すと長ーくなってしまうので割愛。でも安心してください。この本に、ほとんど書いてあります。
そう、この本は約250点(多分)ものルーシー・リーの美しい器を眺めつつ、マルッとルーシー通になれる本なのです。

そして、本を紹介しておいて何ですが、やはりアートや工芸は実作品に触れるのが一番。
有名な話、ルーシーは1960年代にウェッジウッド社から量産製品を出し損ねています。私はずっと「当時のウェッジウッドの担当者はバカだったよなぁ、ルーシーのプロダクトを反故にするなんて」と思ってました。でもこの展覧会で、ルーシーがウェッジウッド社のために作った量産用カップ・アンド・ソーサーのプロトタイプを見て、見た瞬間に「なぜダメだったのか」が分かりました。
そのウェッジウッドのプロトの写真もこの本にも解説付きで掲載されています。
写真を見て「なぜダメだったのか」ピンと来るか、どうか? 試してみてください。
私は、写真では分からなかったなぁ。

■女性の目で見た、日本の日用の美

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左『日用品としての芸術 使う人の立場から』(晶文社1979年)横山貞子著
右『有輪担架』(初版1939年 牧野書店、装幀は芹沢啓介。再版1971年 牧野出版社)

7冊目は『日用品としての芸術 使う人の立場から』(1979年 晶文社)。
1979年刊か、古い本だなぁ、と思われるでしょうが、私の手元にあるのは1994年刊の第8刷! 著者は、最も尊敬する翻訳家、作家のひとり、横山貞子さん(1931-)。
横山貞子さんは、あのイサク・ディネーセン(デンマークの国民的作家)作品を日本に紹介した翻訳家。デザインの専門家ではなくて、しかもこんな地味なテーマにもかかわらず、15年に渡って8刷……、それだけでこの本の底力が分かろうってもの。

本の土台になったのは、横山さんが大学の英作文の授業で学生に「生きた英語」を書く力をつけさせるために採用した「身近な日用品について考察して書く」という実習のために書いたテキスト。
第1章から9章にわたって……日用食器や民芸運動、茶の湯、日本建築、「履き物を脱ぐ」という生活文化の考察、利益重視の社会への問題提起……と大活躍!

日用品のデザインを通して「女性の仕事」を見直す、という9章では、日本社会の本質(初版から40年、現在もほとんど変わっていない)に深く切り込んでいます。
何だか、重たい、手がブルブルしそうな話のようですが、全然そんなことはなくて、自分の意見をきちんと持った美しい人(横山貞子さん、とても美人)のハキハキしたお喋りを聞いているような楽しさが。

中盤では、鳥取で民藝運動を率いた吉田璋也(1898-1972)とその著書『有輪担架』をとても丁寧に紹介していて、それは、現代社会を考える時の「歴史」や「地理」「文化」という軸に、もうひとつ「人」という軸を与えています。
2冊とも現時点では古書でしか入手できませんが、興味のある方はぜひ探してみてください。
写真右の『有輪担架』(なんと、初版1939年より装幀は芹沢銈介!)は、古書でもなかなか見つからないと思うので、ご興味のある方はメールしてください。お貸しします。☕️(W.H.)

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