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Column > curation news > November,2019

【Living on Reading 読み暮らす人のための本の話】
秋の夜長、毎晩少しずつ読み進める楽しみと……

1940−50年のフランスに見るヨーロッパの挫折、そして私たちの希望

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左『異邦人』(新潮文庫 初版1954年)アルベール・カミュ著 窪田啓作訳 ページ数:179ページ 460円(税別)
右『パリ左岸』(白水社 2019年刊)アニエス・ポワリエ著 木下哲夫訳 ページ数:427ページ 4,800円(税別)

■『パリ左岸』

まだ暑気の残る9月、白水社の営業の方が『パリ左岸』という本を持って見えた。「もうすぐ刊行なのです」と。
手渡された「営業原本」をパラパラめくると、登場人物だけでもサルトル、ボーヴォワール、カミュ、アラゴン、アンドレ・ブルトン、エリュアール、サガン(思想家・作家)、ピカソ、ジャコメッティ、レジェ、カルダー(芸術家)、キャパ、カルティエ・ブレッソン、ブラッサイ(写真家)、ジュリエット・グレコ、その恋人だった(!)マイルス・デイビス(ミュージシャン)……と、きらびやかな面々が続々と。チョイ役の出演者も入れたら全部で200人くらいが登場するドキュメンタリーだ。

著者はアニエス・ポワリエ(1975年−)。パリとロンドンを拠点に活動するジャーナリストで、巻末のポートレイトの妖艶なポーズはまるで女優。こ、この人が著者……。何だか、面白そう。
営業さんの「あとで見本をお送りしますよ」という言葉を無視して、「営業原本」を奪い取ってしまったのでした。

サバイバル劇を背景に描く人間模様

ところで、世界史の授業で習ったとおり、ヨーロッパは、社会構造が大きく変化した19世紀以降、とりわけ第一次世界大戦後、大陸の平和(=ひとつのヨーロッパ)を希求し、その礎となる民主主義、法の下の平等を獲得するために壮絶とも言える“産みの苦しみ”を経験している。

『パリ左岸』のお話は、そんな“苦しみ”の絶頂期、ドイツがポーランドを侵攻した1939年、当時ルーブル美術館館長だったジャック・ジョジャールが、ヒットラーからフランスの宝を守るべく地方の美術館、城館、教会などに部下を送り込み、重要作品を避難させるところから始まる。
ドキュメンタリーは、その後1950年までにナチズム、ファシズムが席巻したヨーロッパで起きたさまざまな出来事をルーブル作品のみならずレジスタンスの活動家、シュールレアリスト、ユダヤ系作家といった人々のサバイバル劇を背景に、パリという都市で交錯する人間模様を描いている。

とにかく主要登場人物が皆、個性的で、それぞれに主張があり行動力がある。多くが文学史、美術史上の人物で、その人とこの人がこんな風に繋がっていたのか……(え、恋愛関係だったの?)とか、あぁ、これは同じ時代の出来事だったんだ、と、いちいち一般教養の授業で聞いた気もする名前や事件をたどりながらページを繰っていく。

それは、読み出したら止まらない読書、とは違う、頭の中の引き出しをあちこち開けてみては記憶のホコリを払い、ムムム?となる、そんな地味な読書……だけれども、読んでいる間の興味は尽きず、毎晩20ページくらいずつ読み進み(毎晩、心地よく寝落ち)、3週間かけて読み終わり、フー!と満足する、そんな一冊です。

■『異邦人』

『パリ左岸』の登場人物の多くは50−60年代以降も活躍していて(現在、存命の人も)、それゆえ「40年から50年までのドラマチックなパリ史」というだけでなく、その後のリベラリスト煩悶の50年代(アフリカ、アジアの植民地の独立戦争)、政情不穏の60年代(核実験や学生運動)をも予感させる。そして、その煩悶と不穏に正面から取り組んだリベラリストと言えば、アルベール・カミュ(1913−60年)だ。

「『異邦人』が絶賛され、『ペスト』『カリギュラ』で地位を固め……」(新潮文庫解説)とあるカミュ。でも、『異邦人』は、二十歳そこそこの頃読むと「荒んだ若者の衝動的で刹那的な生き方だなぁ」、『ペスト』も「アルジェを舞台にしたSF的パニック小説。人間って悲しい生きもの」くらいな読後感しかない(少なくとも私はそうでした)。
でも、十分過ぎるほど大人になった今、再読してビックリ。

待望のブレイクスルー、カミュ!

この小説は、カトリック信仰を文化の基層とするフランス、しかも1942年、ナチ占領下のパリで、家族愛や信仰の不確かさを暴露しているのだ(しかもカミュは、創作メモを38年頃から作っていたらしい)。そのことだけでも驚きだが、そんな小説が批判されるどころか、「絶賛された」なんて!
それは、この時代にすでに多くの人々が、矛盾と欺瞞に満ちた“ヨーロッパ的精神”(信仰?)の“弱点”(罪?)を予感し、それをはっきりと言ってくれる人を待っていたということで、そういう意味でもカミュの著述が、待望のブレイクスルーだったことが分かる。

そんなカミュの「感度の高さ」は、当時多くの知識人が無関心だった広島の惨禍にも及ぶ。
米国の広島への原爆投下(1945年8月7日)に、即座に反意を表明したカミュ。8月8日、彼は主筆を務めた思想誌『Combat(コンバ:戦闘)』に、「機械文明はすでに『野蛮』というものの最終段階に到達した」と書いて、人類に対する大罪を告発している。

『パリ左岸』、そして『異邦人』の頃、1940年から50年の間、当時の日本の知識人、思想家、芸術家たちは一体何をしていたか?──そう考えるとションボリしてしまうけれど、読書の秋、分厚い歴史をひもとけば、日本人である私たちは、あらためて宗教という呪縛のない自らの軽やかさに気づき、その軽やかさ中に希望を見出すこともできる。

マドモアゼル ポワリエ

ちなみに、10月終盤、来日したアニエス・ポワリエさんのトークイベントに参加する機会がありました。
『パリ左岸』著者ポートレイトのポーズは、一体誰の注文でそうなったのか分かりませんが(!)、実際の彼女は知的で、ひとつひとつの質問に考え考え一生懸命に答えている様子がとても清々しく、マドモアゼルな雰囲気一杯でした。(W.H)

 

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