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Column > goods/book > April,2017

【Living on Reading 読みくらす人のための本の話】
今、私たちが寝起きしているのはどんな世界?

──アフリカ発の文学と仏メディアを通して見えること

アディーチェ&加藤晴久

『明日は遠すぎて』(河出書房新社 2012年刊)チママンダ・ンゴズィ・アディーチェ著 くぼたのぞみ訳 ページ数:207ページ  1,800円(税別)/『「ル・モンド」から世界を読む 2001−2016』(藤原書店 2016年刊)加藤晴久著 ページ数:394ページ 3,200円(税別)

書店の準備をしていた時、当然ながら店名をどうするか随分考えた。結局「ブックスアンドモダン」(=本と現代/の思想)という中味のままの名前になったが、実は「ディーネセン」にしようかと考えていた時期もあった。

『アフリカの日々』の著者、イサク・ディーネセン(Isak Dinesen 1885−1962)は、私に一段と深い読書の楽しみを教えてくれた作家だ。
ケニアに入植し、コーヒー農園を始めた主人公が日々の出来事を語るこの長編、ご存知の方も多いと思うが、物語として瞠目するような展開はない。
しかし辛抱強く文字を追っていくと、ある瞬間、にわかに新しい世界(この場合はケニアの大地)がパーッと広がる……そんな感覚を体験できる作品だ。
人種や立場を超えて平らかに人間と自然を謳う、このスケールの大きさ! これこそ、文学──しかし、そんな私のディーネセン信奉が揺らぐような一文を、1977年生まれのナイジェリア人作家、チママンダ・ンゴズィ・アディーチェ(Chimamanda Ngozi Adichie) が軽く叩きつけてきた。

■アディーチェ短編集『明日は遠すぎて』
短編集中の一編「ジャンピング・モンキー・ヒル」に、ワークショップでケープタウンに集ったアフリカ人作家たちが、「あなた方ケニア人って従順すぎるわよ!」「きみたちナイジェリア人が攻撃的過ぎるのさ!」「あなたたちセネガル人は」…という具合に軽口の応酬をしつつ、いわゆる “知的” エリートを評していく場面がある。

いわく「タンブゾー・マレチェラはすごい」「アラン・ペイトンは恩着せがましい」、そしてなんと「イサク・ディネセン許せない、という点で意見が一致」したというのだ(マルチェラはジンバブエの詩人、ペイトンは南アの反アパルトヘイトの白人作家)。
文脈から想像するに、彼らにとってディーネセンなんぞ「何をどう書こうが、結局、入植者」という冷ややかさだ。

短編集の全9編に描かれているのは、私を含む “普通の人” のアフリカに対する画一的なイメージを覆す、現代アフリカの多面性であり、歴史的、文化的、経済的、潜在的…さまざまな意味での豊かさだ。
とくに、最終編の「がんこな歴史家」は素晴らしいのひと言に尽きる。人間は、肉体的、精神的かつ霊的な存在である、ということを前提としているこの短編には、無垢な(つまり霊的な)知性を持つひとりの女が老女になるまでの年月と、その知性を受け継ぐ孫娘が未来を切り拓く姿がみずみずしく描かれていて、最後の静かさには心が震える。

オールマイティなアディーチェ(実際、彼女は母国で医学、薬学を学び、米国で政治学、コミュニケーション学、文学を修めた)の筆裁きは相当な説得力をもってこちらの概念に疑問符を追加し、新しい知見をもたらしてくれる。
文学とはかくも奥が深く、そこには闇も謎もあるということ、「至高」と評される作品であってもそのような闇と謎を孕んでいることを知らしめる。

■そして、『「ル・モンド」から世界を読む 2001−2016』
タイトルの通り、フランスの名門日刊紙「ル・モンド」から、加藤晴久(仏文学者、1935−)が時機に応じて記事をピックアップ、論評した連載コラム(藤原書店発行「機」誌/2001年11月号〜)をまとめたものだ。
洗練された教養を土台としたフランスの中道左派的な視点を感じさせる示唆に富んだ「ル・モンド」の記事は、古今東西南北のあらゆるテーマを取材し(日本にも鋭い矛先が向けられている)、とくにフランスならではの「アフリカに対する責任」に触れる項には、ゾッとするようなリアリティーがある。

例えば、2013年8月の加藤のコラムは、ケニア統治の中でイギリスが行った野蛮行為──入植者によって、いつ、どんな目的で、何人、何千人、何万人が連行され、収容され、処刑されたか(その中には、オバマ元大統領の祖父も含まれる)を数字を列挙した記事(「ル・モンド」同年6月11日付け)を引いて書かれている。
数字によって淡々と書かれる史実は恐ろしい。人命を数字に置き換えていることに白人の自虐とも取れる諦観が見えるような気さえする。
コラムによると、5月10日はフランスの「奴隷売買・奴隷制度・それらの廃止の国の記念日」で、2013年の同式典でオランド大統領は、知的エリートらしく「歴史は消し去ることはできない」と述べたそうだ。

歴史は消し去ることはできない──本当にそうだろうか?(※) アフリカ諸国の人々はその言葉に共感するだろうか?

もちろん、ル・モンドが取り上げている現代史は、ヨーロッパとアフリカだけではない。日本が70余年の過去に対してさえ「歴史」以前の「認識」段階で立ち止まったままであることにも、痛く触れてくる。

近年発刊が相次いでいるアフリカ発の文学、ドメスティックな情報に飽き足らないと思ったときの海外のメディア──私たちが寝起きしている世界の新たなリアリティーに触れる2冊だ。(W.H.)

アディーチェ&加藤晴久

ブックスアンドモダンの本棚

(※)物理や生物の世界は、政治状況と離れて世界中の学者が手を結んで真理を求めている(進化論しかり、量子の発見しかり…この数十年でもさまざまな原理原則が健全に問い直され、新たな知見が生まれている)が、歴史は政治との結びつきが強く、研究(この場合、史実)を積み上げ、分析し真理に至るという技術を共有することが難しい印象があることから。

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