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【Living on Reading 読み暮らす人のための本の話】
魂は旅をするか?
化けて出るのも、人。恋をするのも、人……
Tuesday 04, July, 2017
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『私のいた場所』(河出書房新社 2013年) リュドミラ・ペトルシェフスカヤ著 沼野恭子編訳 224ページ 2,100円(税別)と、『恋しくて』(中公文庫 2016年) 村上春樹編訳 384ページ 720円(税別)
よく「書店をやってギャラリーもやって、あなたはやりたいことが一杯あるのですね」と言われますが、実は、なぜかこんなことになってしまっただけで、私は「本さえ読んでいられれば幸せ……」という子ども(大人になっても)だったのです。
以前、『獄中記』(佐藤優著 岩波書店 2006年刊)を読んで思ったのは、「こんなに本を読めるのだったら牢屋に入るのも悪くないな」ということ(もっと重要なことがいろいろ書かれていましたが)。
「でもね、私が普通に生きていて、牢屋に入るようなことは、なかなかないだろうな」と呟いていたら、友人が、「分からないですよ。人生、何が起きてどんな目に遭うか……」と笑っていました。
■『私のいた場所』
さて、リュドミラ・ペトルシェフスカヤ(ロシア 1938年−)ですが……すごい人です。
孤児院で暮らすなど、厳しい幼少期を送ったにもかかわらず学力優秀で、モスクワ大学を卒業、ジャーナリストとして活躍しながら、ソ連の庶民の現実を描いた小説、劇作を手掛け、政府の厳しい監視、圧力の中でも粛々と創作を続けてきた作家です。
そして、ソ連という国もすごい、と思うのは、検閲する役人にペトルシェフスカヤ作品に通底するテーマを見抜く洞察力(読解力)があったということ。
なぜなら、この18篇からなる短編集『私のいた場所』を読む限り、まったく政治批判などしていないのです。
「幻想文学」に分類されるこれらの短編は、「人間は肉体的、精神的かつ霊的な存在」ということを前提にして、普通の人の生活の中で起きそうな面白くて悲しい、そして少し怖い話を淡々と紡いでいます。
この物語の中に「政治的な何か」を嗅ぎ取るのは難しく、日本人の私は3回くらい読んで、ようやく「何か」を嗅いで、なるほどー、これはマズイ、と思った次第です。
どこが、どんな風にマズイのか、ぜひ読んでみてください。
嗅ぎ取れなくても、インタビューで「『牡丹灯籠』(落語の怪談噺)が好き」と言っていたというペトルシェフスカヤの噺の巧みさに唸ることでしょう。
とくに、感激したのは第4話の「新しい魂」。
いつ頃からか私が抱えている「魂は、時間と空間と、肉体を旅する……のではないか?」という妄想が、そのまま美しくも悲しい物語に仕上がっています。
旅する魂──そういうことを子どもの頃に思いついて、人生でビックリせざるを得ないような局面を迎える度に、「私の魂は、旅をしていて、今、たまたまこの現実に立ち会っているだけ、と言う考え方もある、よな」などと思う人は……仲間。
ちなみに、先述の友人は、私が「魂が旅をするのだから、厳密にはタイトルは『新しい魂』ではなくて『新しい人生』の方が正しいと思うのよね」と呟いていたら、「そりゃ、そうですね」、と言って、キリル文字に目をこらしてロシア語の意訳の如何を吟味していました。仲間かも……。
■『恋しくて』
ブックスアンドモダンにある数少ない村上春樹本です。
村上春樹の編訳だけにおしゃれで、「こんな恋もあるよなぁ」と遠くを見つめたくなるような10篇のセレクション(最後の一篇は編者書き下ろし)。
アメリカ人作家を主に、カナダ、スイス、そして、ロシアのリュドミラ・ペトルシェフスカヤ作品も紹介されています。
しかし、一番心に残ったのは、マイレ・メロイ(アメリカ 1975−)の「愛し合う二人に代わって」。
恋愛のハッピーエンドは信用しない私ですが、それでも、人の心がすれ違ったり、触れ合ったりすることは、それだけで美しいものだなぁ、と思わせる爽やかなお話。
そんな爽やかだったり、切なかったりする10篇の中にペトルシェフスカヤの「薄暗い運命」(タイトルがすでに……)が選ばれていることが驚きです。しかし、私がこの短編集を手に取ったのは、ペトルシェフスカヤが選ばれていたからこそ。
そして読後その「薄暗い運命」の行く末よりも、村上春樹がなぜこの篇を選んだのか、そのことについて深々と考えさせられたのでした。
竹久夢二画の表紙は、しっとりとした恋の雰囲気、いっぱいです。(W.H.)
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