Books and Modern

Overseas

Overseas > Rovaniemi > July,2014

ロヴァニエミ便り Vol.1
日々の、そして人生の幸せとは

text & photos by 浦田愛香/デザイナー

日々の、そして人生の幸せとは

ロヴァニエミを流れるケミ川。冬の間、表面は厚さ50cmほどの氷で覆われ、この上を歩いたりクロスカントリーを楽しんだり、スノーモービルで移動することもできる。この写真も川の上で撮影。

北欧の自然と人、その人々が作る社会

フィンランドの北、北極圏に近い街、ロヴァニエミに住んで、今年で13年になります。北欧の国のひとつ、フィンランドといえば、あなたは何を思い浮かべますか?
私がフィンランドを選んだのは、デザインやクラフトに秀でた、デザイン立国をめざす国だったから。留学するのに、学費が無料で長期の滞在も見込めたから。つまり日本を出て、デザインで食べていきたいという私の夢を実現するために、必要な手がかりがあったから。
そしてそれとは別に、私がそこで実際に生活し肌で感じたいと深く興味を抱いていたのが、北欧の自然、人、その人々が作る社会でした。厳しい寒さの長い冬、 太陽よりも月をみる時間の長い人々はどのように暮らしているのか、そこではどんな時間が流れているのか。シャイだといわれるフィンランド人の、人との距離は、心の距離はいかほどのものか。高い税率を採用し、格差を良しとしない政治を選ぶ人々の、常識とはどんなものか……。 

日々の、そして人生の幸せとは

12月25日午前11時6分。この日、日の出が11時8分、日没が13時27分。たった2時間18分と32秒の日照時間。凍った川面に人や動物たちの足跡が残る。

日々の、そして人生の幸せとは

同じく12月25日午前11時6分。北の空には月が見える。

遠い、苦い経験

私は2001年、28歳でフィンランドへ渡りました。それまでは、京都の芸術大学を卒業ののち、3年間デザイン会社で正社員として働き、残りを派遣社員として短期でいろいろな職場に出向きました。つまり、日本の教育を受けて、日本の社会で働きました。私は、日本の学校と会社の両方から多くのことを学ばせてもらい、先生や友人にもとても恵まれたのですが、そのどちらにも、その当時には絶対に戻りたくないと思う、苦い経験があります。

高校生のとき、一時期バレーボール部に所属したことがありました。ここでの練習は、ランニングや筋肉トレーニングのほかに、一年生は球拾いで足を鍛えるという方針があり、四方八方滅茶苦茶に飛んでいくボールを必死で走って取りにいく、というのが主な練習メニューでした。私は中学の時は陸上をやっていたので、最初のうちはついて行けたのに、とにかく苦しいだけで楽しさがない練習内容に、だんだん身体が重く感じられるようになりました。数カ月後にはもう、放課後を迎えるのがとても恐ろしくて、何のために続けているのかわからないような毎日。私のやる気のなさは誰にも見てわかるほどで、上級生からの注意も激しくなり、ついには針のむしろ状態に。

今考えても、体力は恐らくついていけたのだろうけど、心が、もう、どうしようもなかったように思います。「いつだって簡単に、楽なほうへと逃げられる。厳しい環境にいられるのは稀で幸せなことなんだよ」という先輩の言葉は理解できたのですが、あの、消えうせてしまった気力、どん底のような脱力感はどうすれば立て直せたのでしょうか。楽しさや成長を見つけられない厳しさに、私はまるで戻っていく気力をもてず、部活をやめました。

こんな風に、脱力感で前に進めない状態に陥る時期が、社会に出て私にもう一度やってきます。
それはデザイン会社で働いていた時でした。残業が多く、休みがとれず、友人と遊ぶ約束を守れず、ついには病気に。病み上がりで行った会社の机の上には、休んでいる間に溜まった仕事がまるまる置かれていて、本調子でない身体でまた無理をする。そして、そうやって左から右へと“流す”ようにして出来上がった仕事に、なんの愛着もわかず、達成感もない。もう、行きたくない。がんばれない。これは、あの高校時代の精神状態そのままです。まず体力が失われ、成長の無い明日に気力を維持できず、心がしなびていく。これは、軽い鬱なのか、ただの弱音なのか。

幸せはどこから?

「一生懸命がんばれ」「耐えられないことを耐えるから価値がある」と鼓舞する日本の社会。がんばっている人を見ると、勇気がわきます。でも、私は小さい声で訊いてみたいのです。一生懸命がんばれば、幸せになれるのでしょうか、と。 幸せ。
幸せって、その人の気持ちのもちようで、感じられたり感じられなかったりするものではないか、と思っていました。身の程をわきまえて、足るを知る。とても主観的なこと。だけどもしかしたら、社会通念と社会システム、つまり世間の考え方と政治のありようといった外的な要因が、幸せの得やすさに深く関与しているのではないかと、フィンランドに十数年住んでみて思うのです。
続きは次回。(A.U.)

日々の、そして人生の幸せとは

ケミ川、12月26日午前11時54分。朝焼けなのか夕焼けなのか。フィンランドの子供達は空の色を何色と答えるだろうか。

浦田愛香/デザイナー
京都市立芸術大学卒業。デザイン事務所勤務の後、2001年にフィンランドに留学。2005年ラップランド大学工業デザイン科卒業後、ロヴァニエミにてAIKA FELT WORKSを設立。フェルトを素材に日用品、インテリア雑貨を製作している。http://www.aikafeltworks.com

TOPへ

関連記事

ルート・ブリュークを巡って【前編】

Art and design of Rut Byrk
ルート・ブリュークを巡って【前編】

A Scenery of Modern Deign

初めて作品を目にした時から、いつか日本に呼びたい、何かのかたちで紹介したいと思いながら何年も経ってしまっている作家がいる。2007年秋、ヘルシンキのナ

read more >>

autumn

ロヴァニエミ便り Vol.3
政治によって人生はどれだけ変わるか?

text & photos by 浦田愛香/デザイナー

幸福度を決める因子はいろいろあるらしい。 主観的幸福度、男女平等指数、出生率、識字率、宗教観、地方自治の度合い、社会の寛容さ…。いろいろな統計やその解

read more >>

overseas_rovaniemi2_01

ロヴァニエミ便り Vol.2
さらに、日々の、
そして人生の幸せとは

text & photos by 浦田愛香/デザイナー

ある日、カメがウサギを追いぬいて…… 「なんでみんな、もっとがんばらないんだろう」 
2001年に数年来の念願だった、ラップランド大学工業デザイン科へ

read more >>