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ロヴァニエミ便り Vol.3
政治によって人生はどれだけ変わるか?
text & photos by 浦田愛香/デザイナー
Tuesday 18, October, 2016
Rovaniemi
幸福度を決める因子はいろいろあるらしい。
主観的幸福度、男女平等指数、出生率、識字率、宗教観、地方自治の度合い、社会の寛容さ…。いろいろな統計やその解釈を理解しようとしてみましたが、個人の感情の集合体を国別に見た結果、というとそれを想像してはみるものの、なかなかストンとは腑に落ちない。結局私は専門家ではないので、日本とフィンランドという2つの国に住んでみた経験からの実感を、ここに正直に書くことにします 。
政治が変われば人生が変わる。
はっきりそう確信したのは、フィンランドに留学して数年経ち、フィンランド人の夫と結婚してからでした。
日本人留学生という立場でなく、結婚しフィンランド人の家族となり、数年後私はフィンランドにおける永久滞在許可を得ます。国籍は日本のままなので、フィンランドの国政選挙権はないけれど、医療、社会福祉などを受ける権利がフィンランド人と同等となりました。そしてラップランド大学の学生であった私の生活は、こんな風に変わります。
まず、opintorahaと呼ばれる、高等教育機関に在学する学生のための、生活費の給付、さらに、親元を離れるなどして家賃が必要な学生のための、住宅補助金の給付を受け始める。給付金額ははっきりと覚えていませんが、当時月額合計5万円くらいだったのではないかと記憶しています。これらは借金ではないから返す必要はなく、税金でまかなわれます。
フィンランドでの学費は小・中・高・大と保育園以外は無料で、高額な受験料も入学金も必要なし。私がラップランド大学に在学当時、外国人留学生からも学費は徴収していなかったから、元々学費は必要ないのにプラスして、貯金でやりくりしていた生活費の不安が激減した、という訳です。
学費は無料。生活費と家賃にも補助が出る。子としても親としても、これだけで未来がパァーッと明るくなりはしませんか?
学費が必要ない、というシステムが人生に及ぼす影響は大きい。例えば、今の仕事を辞めて別の道に進みたい時、住宅ローン返済などのしばりがなければ、大学に入り再スタートを切ることに躊躇はいらないはず。
そういう例はたくさんある。私がラップランド大学工業デザイン科で在学時クラスにいた、看護師をしていたけれど、これからその経験を活かしてデザイナーとして働きたいという中年女性。夫と離婚後、満足できる収入を得るためには大学卒業以上の資格が必要だったので、そこから大学に入り勉強したというコンサルタント業の女性。私の夫は、画家として生活していたけれど社会科学への興味が大きくなり、受験してみようか、と思い立った数ヶ月後に受験、合格し修士をとり、その後続けて美術の分野で博士課程にも進む。元々美術教育の修士を持つ彼は、社会科学と美術の2つの分野に渡る研究を活かし、現在では同大学で美術哲学などの教鞭をとっています。
ふと、私も思う。私が望めば、今から医師になるための教育を受けることだって可能なのだ。こういうことを、自由というのではないか。単純だと笑われるかもしれないけれど、私はこの選択の自由をもって、全方向に私の人生が開いている気がして、感動したのでした。
それから、フィンランドといえばこれ!
ベビーケアアイテムやベビー服、親が使用するアイテムなど約50点が大きな箱に入って届けられる「育児パッケージ」はとてもユニークな母親手当。 お母さんになる人に国から現物支給があるなんて微笑ましい。これは1937年に法制化されて今まで続いているから、夫が産まれる時にも義理母が受け取っていて、その中にあった、時代を感じさせる人形が今でもうちにある。
フィンランドは北欧諸国の中でも手厚い育児サポートがある国。例えば母親の出産休業は産前30〜50日から計105日間で、始めの56日は給与の90%、その後は70%が支給される。その後も子供が3歳になるまで在宅で子育てをし、職場に復帰できる権利が保証されている。この場合保育園に預けず在宅で育児をするので、額は減るけれどこれまた手当が出る。それに給与の約70〜75%が支給される「親休業」や「父親休業」の制度も整っていて、父親休業の取得率は8割にもなるそう。
ここで肝心なのは、育児休業中の手当てが勤め先の会社からでなく、国から自分の銀行口座に直接支払われるところ。勤め先が小さな会社であろうとフリーランサーであろうと関係ない。全ての親が額面通りきちんと休めて手当ももらえるって、すごい。子供の学費だって必要ないのだから、収入が低い若いうちから子供を産み育てることは、現実的な選択肢の一つなわけで、そうなると生き方だって変わる。
だけど、何もかもフィンランドのやり方が優れているのかというと、そうでもない。医療がその一つ。
18歳未満の子供の医療費は無料。出産もほぼ無料。ただ、妊娠中特別に検査が必要な場合などは有料だったし、歯の治療にもお金がかかる。大人の一般的な医療費と薬も一定額までは有料。 そうそう、救急車で運ばれても請求書がくる。医療費が無料なわけではない。
問題は、待ち時間のあきれるほどの長さ。ある医療を受けたく、まずは自治体が運営する保健所のような所、Terveysasemaに電話をする。医師ではなく看護師がまずは診てくれて、病状によって病院の医師に引き渡してくれることになるけれど、そこからが長い。数ヶ月して順番がまわって来たらしく一通の手紙が届き、面会の時間が書かれているのかと思いきや、今から医師に面会の予約を入れて良い、とのこと。とれた予約はさらに先のことで、合計半年以上待っている間に私の病気は治ってしまった。緊急ではなかったけれど、これってどうなのよ?
子供の急患対応と出産以外で病院にお世話になったことの無い私は、それほどフィンランドの医療に触れる機会がなく、健康保険料は税金から引かれるので毎月請求書が来る訳でもないから、生活する中であまりこの辺のストレスを感じない、というのが正直なところだけど、トホホな噂を頻繁に聞くことは確か。加齢と共にもっと問題が見えてくるのかもしれません。
最後に選挙の話を。
もともと夫は政治について持論があるようには思っていたけれど、市議会選挙に立候補してみようかと言い出した時は驚いた。当時の夫はただの画家で、応援してくれる組織も資金も何もない。だけど、似たような立場の夫の友人は立候補しているらしい。でも何の宣伝活動も行っていない。たくさんの?マークが私の頭に浮かんだのですが、こういうことらしい。
フィンランドでは市議会選挙出馬に供託金は必要ない。まとまった資金がなくても立候補できるので、学生を含めすごくたくさんの人が立候補している。そして市議会議員の給与はなんとタダ。地方都市の議員さんはボランティアで働くらしいのです。
学級委員か。と言いたくなるような、政治の敷居の低さ。地方自治は先生と呼ばれるお金持ちだけがやるものではなくて、自分とか、友人、老若男女がやることであり、自治は自分たちの手の中にある。
私はまた感動した。日本にいる時に感じる、政治への無力感や憤りやあきらめを、フィンランド人にどうやったら理解してもらえるだろう。学費を無料にするのも、会社の夏休みを4週間とることを義務づけるのも、自分たちで決めてきたフィンランド人に、日本の政治の硬直性と不合理をどうやったら説明できるだろう。
政治が変われば人生が変わる。
これは本当のことだと思う。選挙制度を変え、自治の裁量を大幅に増やすことで、日本に生きる両親や友人たちの人生は変わり、もっともっと自分や家族の幸せのために生きることができるようになると、私は思っています。
浦田愛香/デザイナー 京都市立芸術大学卒業。デザイン事務所勤務の後、2001年にフィンランドに留学。2005年ラップランド大学工業デザイン科卒業後、ロヴァニエミにてAIKA FELT WORKSを設立。フェルトを素材に日用品、インテリア雑貨を製作している。http://www.aikafeltworks.com
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