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ロヴァニエミ便り Vol.2
さらに、日々の、そして人生の幸せとは

text & photos by 浦田愛香/デザイナー

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6月14日午後9時11分。ケミ川の氷は5月上旬に流氷となり消えた。夏至が近づき、夜の闇はこの日も訪れない

ある日、カメがウサギを追いぬいて……

「なんでみんな、もっとがんばらないんだろう」 
2001年に数年来の念願だった、ラップランド大学工業デザイン科への留学を果たした私は、フィンランド人学生たちに制作への熱意があまり感じられないことに、いらだちと落胆を感じていました。

私の通った京都の芸術大学には、やる気のない学生ももちろんいましたが、夜も大学に居着いて課題や自主制作に没頭する人たちがいました。大学内外に美術ギャラリーがあり、そこで展覧会を行うため作品を制作する人、彫刻科や環境デザイン科などの枠を超えてソーラーカーの制作に携わる有志の人たち。そこには年齢や分野を超えた交流、自主制作として取り組む物作り本来の面白さや学びがあったのだろうと思います。そういう楽しみに貪欲なのが美術学生のはずで、少しでも良いものを作るためには夜も休みも関係なく、食事や睡眠がおろそかになってもがんばってしまうものでした。

だけどフィンランドの学生たちは、授業が終わるとすぐに帰ってしまいます。夜や休日に大学にいるのは外国人留学生ばかり。フィンランド人学生の作品の質も、このレベルで完成? もっとやれるでしょう? と問いたくなるほど甘い。そして驚いたことに、先生たちは講評でそんな学生を評価はしても、もっと上のレベルがあると叱咤したりはしないのです。

ところが、そんなフィンランドの学生たちが3年で学士を取得し、5年めで修士を修めるころには、日本の学生と変わりないレベルにまで成長しているのです。これはまずフィンランドでの大学受験時に日本ほどの競争がなく、学生に基礎的な力がない状態でスタートしているためレベルが低く、その後サマージョブやインターンとして企業の中で研修することにより、飛躍的な成長を遂げることが理由であるらしい、と後で知りました。

我彼の決定的な違い

なんだか悔しい。受験制度の下、日本の高校生が予備校で夜も休みもなく勉強しているころ、フィンランド人学生は家族と食事したり旅行したりしているわけだ。数年に渡って何かを我慢したり、競争で疲れたり、ストレスや緊張にさらされるような環境にはない。大学生のインターンシップ制度はフィンランドに広く普及していて、実際の現場でどんな仕事が行われているのかを見られるのは大きな利点で、日本の美大ではまだそんな機会は少ない。 そして数年後、私はフィンランド人の夫と結婚し、フィンランド人と日本人の、根本にある精神性の違いを決定的に知ることになるのです。

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6月中旬から野草が一斉に咲き乱れる。日本人の感覚ではやっと春、フィンランド人の感覚では夏の到来。

その仕事、本当に今やらなければならないの?

デザインの仕事は一日何時間働けば良いというものではなく、出来上がるまでやるもの。今ある仕事が来月あるとは限らないから来る仕事は受け、下手な仕事をすると次はないから、ベストを尽くそうとする。締め切りを守るために徹夜もする。建築業界で働く日本の友人たちは中でも過酷な業務をこなしている。

食事もそこそこに、仕事のため毎晩夜遅くまでコンピュータに向かっている私に、夫は言う。

「その仕事、本当に今やらなければならないの?」
「私がやらなければ誰もやってくれないし、今やらないと後に差し支える。何度も説明してるのになんで分からないの?」
「差し支えてもいいんだよ、今暮らすのに必要なお金はあるんだから」
「そういう問題じゃない」
「いい加減にしてくれ!こんな生活はこれ以上続けたくない。もう別れよう」

私は耳を疑いました。私はがんばっていたのです。努力や我慢は賞賛に値するもので、夜遅くまで仕事する私を、夫は呆れはしても、よくやってるねと、褒め支えてくれるものと思っていました。私の努力と我慢は、家の中の雰囲気を殺伐とさせ、彼に過大なストレスを与えていたのです。

当時、販促活動を一緒にやっていたフィンランド人デザイナーとも、私は同じ壁にぶつかります。よりレベルの高い結果を残すため、私は労力を惜しまないのに、彼女はやらない。彼女は私に振り回されていると感じ、私は孤独感に包まれ疲弊し、二人の間に深い溝ができました。

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6月30日、典型的なラップランドの夏雲。この頃から夏日になり、30度を超える日も。6月から8月の間、会社員は交代でひと月ほどの夏期休暇をとる。

努力、犠牲、忍耐、限界を超え……その先にあるもの

私がここで学んだこと。

多少無理がある目標だけど、努力でそれをカバーするというやり方は、フィンランドにない。それは優先順位の一番上にある、その人の家庭と健康を脅かすことになるから。だから、そもそも残業しなければ達成できないような目標を立ててはいけない。仕事が遅れて他に迷惑がかかっても、自分の休みを優先し、他を待たせるのがここの常識なのです。

学業や仕事で結果を得たければ、人の倍努力しなければならない、抜きん出るためには、何かを犠牲にすることもやむなし、と日本ではいわれてきました。部活の球拾いに象徴される、まず忍耐力という下積みの文化や、現状に甘んじず、常に限界を超えようと努力し続ける精神力。それが経済活動にもあてはめられ、そんな人々の美徳に支えられて、日本という国が形作られてきました。

では、フィンランドと日本、どちらの生き方が幸せなのかと考える。

きっと現代の多くの日本人が感じているのではないかと推測するのですが、日本人の「我慢」や「努力」の精神性をもって終わりのない経済成長を追い求めると、果てに人間は壊れてしまうではないかと私は思います。私が二度味わった、どん底の脱力状態なんかよりも、もっとひどい状態に追い込まれて。

戦時中の日本は、負けが見えていても認めなかった。そして戦後、経済力の衰えに高齢化、人口減少というこの期に及んで政治家は、まだ成長しようという。負けを認めて身の丈にあった出口を探そうとはしない、そういう風に見えませんか?

日本人は変われるか?

だけど一方で、日本人が元来の精神性を変えるのはとても難しいことだとも思います。なぜなら、十数年フィンランドに住んでなお、 私自身の日本人的精神性が変わることはなく、休めと言われても仕事が気になり、やはり夜遅くなっても仕事をし、努力した成果を確かめずにいられない。約束通りに仕事をやり遂げてくれないフィンランド人に逢うと苛立ち、きちんとやってくれる日本人に誇りを覚える。フィンランドのやり方の方が幸せになれるのだろうに、そこに日本人として居心地の悪さも感じているのです。 2010年から2012年の間の国別幸福度ランキングの結果、フィンランドは7位、日本は43位。北欧諸国が上位でしたね。
次回は政治のありようと幸せについて。

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7月19日午後9時30分。日中豪雨だったのが嘘のような静寂。夏至をひと月ほど過ぎているけれど、まだ午後早い時刻のような空。この日の日没は午後11時45分。

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日付が変わって7月20日午前0時12分の空。太陽は地平線の下だが闇は訪れず、夕暮れのような空。この日の日の出は午前3時5分。

浦田愛香/デザイナー  京都市立芸術大学卒業。デザイン事務所勤務の後、2001年にフィンランドに留学。2005年ラップランド大学工業デザイン科卒業後、ロヴァニエミにてAIKA FELT WORKSを設立。フェルトを素材に日用品、インテリア雑貨を製作している。http://www.aikafeltworks.com

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