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Column > goods/book > September,2020

【Living on Reading 読み暮らす人のための本の話】
ホッパー絵画付き短編集と、油彩画集など

こ、これは……! 未知の作家と出会う喜び

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『短編画廊 絵から生まれた17の物語』(ハーパーコリンズ・ジャパン 2019年) エドワード・ホッパー画 ローレンス・ブロック編 スティーブン・キング、ルイス・キャロル・オーツ他著 田口俊樹他訳 480ページ 2,200円(税別)

「文学の評価はその国の経済力によるところが大きい。20世紀の米文学がいい例だ。経済抜きで評価するなら、米文学なんぞラテン文学の足下にも及ばない」──こんなような文章をわりと最近読み(書き手の名前を失念。多分、ラテン系作家)、いろいろ思いを巡らせて、なるほどなぁ、そうかもなぁ…! と思ったのだった。

とは言え、日本で1980年代をティーンエイジャーで過ごした文学少女(少年も)で、米文学にカァッとならなかった人なんてごく少数なのでは? という気も。読み始めたらスッと吸い込まれ、音楽も聞こえてきて、食べものの匂いまで慕わしいアメリカの小説。と、ここまで書いて──あれ? 最近は中国、韓国の作家ばかり読んでいたかも(経済力?)、アメリカの作家、キャッチアップできていないかも。どんなことになっているのだろう。気になる。

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■『短編画廊 絵から生まれた17の物語』

そんな気持ちを走らせてくれるのが、ローレンス・ブロック(※1)が企画した『短編画廊 絵から生まれた17の物語』。エドワード・ホッパー(※2)の絵画が装画という魅惑のエンジン付き短編集だ。言うまでもなく、ホッパーは油彩画の世界に現代の光、とりわけ都市の光とそれを作り出す人間の営みを描き出したブレークスルー、天才だ。

この短篇集、17人の作家が各々選んだ絵画を主題(あるいはきっかけ)にピリッとした作品を寄せている。有名作家のコンピレーションとは言え、私が知っていたのはスティーブン・キング(モダンホラー)と、ジョイス・キャロル・オーツ(幻想小説)くらい。実は本書の企画者、ホッパー作品をこよなく愛するローレンス・ブロック(サスペンス)のことも知らなかった。

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未知の、しかも普段あまり読まない系作家の作品17編を読んでの感想は……「こ、これは、なんと素晴らしい、お得な本!」。
理由は、まず、現代(現在)アメリカの精神状態を多面的に知ることができるから。病んでいて、それを知って立ち向かおうとする健全さや、不公平さと豊かさ、暴力の歴史から脱却できないジレンマ……。
つぎに、それぞれの作家が、登場人物を通して「人間」をきちんと描いているから。短編で、しかも絵画ありきのため自ずと諸々そぎ落とされて各人の人生観が現れたのか……。
そしてさらに、当然だがエドワード・ホッパーのコンパクトな画集として十分に魅力的だから。私見だが、ホッパーの画集は展覧会の図録も含めて見たい絵がほどよく収録されている本が少なく、探すとなると古書になり状態にもばらつきがある……。
あとは、そう。こうした企画ものの大きな魅力、未知の作家と出会いがあるから。コンピレーション短編集は楽しく読んでそれっきり、ということもあるけれど、スティーブン・キングの一編(予想通り、気味悪さ炸裂)以外は、すべて読後も絵を眺めつつ展開を反芻するのが楽しく、とくに印象深い一編については今後、作家をウォッチしていこうという気にも。

その一編とは「South Truro Church, 1930」をタイトル画とした「アダムズ牧師とクジラ」。老いて病み、孤独に死を待つ身となっても、人は多いに笑うことができ、潔くもなれることを描いた佳作(個人的には傑作)だ。
作者のクレイグ・ファーガソンはTV界の有名なコメディアンで、つまり一般大衆の人気が頼みの作家、にもかかわらず、キリスト教的価値観を突き放した死生観を書いていて爽快だ。本企画に参加した理由が「ローレンス・ブロックが恐かったから」というところも微笑ましい。

ブロックは序文で、「ホッパーの絵に強く惹かれるというのは、アメリカだけでなく世界において珍しいことでもなんでもないが(中略)その傾向は読書家と作家にとりわけ顕著だと」と述べている。こじつけっぽいけど本当にそうかも知れない、と思わせるのは、本書に収録されている絵だけでも、「読む人」の姿が何点もあって、ホッパーの文学志向を感じさせるから。

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そこにいる「読む人」は文字の世界(本、手紙、新聞……)に没入して、描かれた世界(空間)とは別の個人的な世界を画面に浮かび上がらせている。多層化された光景がホッパー絵画の見所のひとつだということにハッとさせられるのも、画集とは違う、読み物ならではの魅力だ。

■『The Painting of Ben McLaughlin』

そして、ここでぜひ紹介したいのがイギリスの画家、ベン・マクラフラン(Ben McLaughlin 1969−)の画集『The Painting of Ben McLaughlin』。
なぜあえて画集を紹介するかと言うと、実は私、この10数年、油彩画に新境地なんてない、と思っていたのだけれど、この作家の作品を見て(ネット上で)、そうではないということがはっきりと分かったから。何百年もの歴史を持つ素材と技法だからこそ描ける光と詩があって、デジタル万能の現在であっても、その光と詩に人は感動する。

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『The Painting of Ben McLaughlin』(MERRELL刊 2006年)James Hamilton著 160ページ

ホイッスラーや、19世紀末のナビ派の画風(ボナール、ヴァロットンなど)にも、そして、ホッパーの現代的な表現にも結びつく確実に21世紀の油彩、それも、見る人に精神分析的視点を引き出させる絵画だと思う。画面の端正な静けさをそのまま受け取るもよし、そこに潜在する狂気を発見するもよし。テーマ、構図、テクニックのすべてに共感できて、そして、何よりも光の捉え方、描き方が素晴らしい。

初期の作品の多くを元ガールフレンドに廃棄されてしまった(と、本の解説に。驚愕!)らしいが、惜しい、というよりも、これからの作品をずっと楽しみにしたい作家だ。
Wilson Stephens & Jones(英・ロンドン)というギャラリーの作家で、個展もあちこち(米・サンフランシスコとか)で開催されているよう。

本を読む、未知の作家の勇気に触れる、絵画が放つメッセージに偶然のように打たれる──そうしたことが、私たちがなぜ生きているのか、膨大な世界のどの辺りにいるのか、ということにヒントをくれる。芸術なくして人生なし。芸術とは何千年という歴史の深海のごく表層のさざ波。と、ここまで書いて、あれ? なんだかやっぱり、冒頭のラテン系作家(多分)の言うことに分があるように思えてきた……。
現在の不穏がどのくらい続くのか分からないけれど、カルペンティエール(キューバ)など、読み直してみようかな。(W.H.)

(※1)Edward Hopper 1882−1967 ニューヨーク州ナイアックの富裕な家庭に生まれる。幼少期から芸術的才能を見せ20歳代ヨーロッパに遊学。自然の美と都会的な美が調和した、時代の刹那と人間の営為の普遍が宿る絵画を数多く描いた。

(※2)Laurence Block 1938− 小説家。エドガー賞受賞作家。映画「マイ・ブルーベリー・ナイツ」ではウォン・カーウァイと脚本を共著。

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