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【毎日、本とアート】
マーガレット・ハウエル

アーコールの椅子との出会い【hinism vol.0 interview, Autumn 2003】 

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Margaret Howell マーガレット・ハウエル ファッションデザイナー。イギリス、サリー州生まれ。ゴールドスミス・カレッジ(ロンドン)卒業。アクセサリーデザインを経て、メンズシャツのデザイナーとしてキャリアをスタート。1977年にロンドンにショップをオープン。現在はパリ、フィレンツェ、東京、ソウル、台北でも展開し、ファッションからライフスタイルまで幅広く提案。
写真は2003年秋、神南(東京・渋谷)のショップにて。All photos by Kiyoshi Sakasai

ロンドンの南20マイル。サリー州にあるその家は、決して贅沢なつくりではないが花木の茂る広々とした庭があり、居間の大きな窓には、庭の緑を通り抜けた穏やかな陽光が差し込んでいる。居間では三人姉妹の末っ子のマーガレットが、木のアームチェアに埋もれるように座って、すぐ上の姉と一緒にお絵描きに夢中になっている──。

「子どもの頃から絵を描いたり手芸や裁縫をしたり、物を作るのが好きでした。すぐ上の姉とはその点で共通していてよく一緒に遊びましたし、ふたりとも大学でアートを専攻しました。ただ、姉が本物のアーティストになる道を選んだのに対して、私はより日常に密着したクリエーションを選びデザイナーになったのですが……」。

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ロンドン大学のゴールドスミス・カレッジの卒業を目前に控えた頃、マーガレットの自作のビーズアクセサリーがプレゼンテーションの甲斐あって市内のブティックのショーケースに並んだ。それが英国版「ヴォーグ」に紹介されたことから彼女のビジネスはスタートした。

「私にとって “良い物” というのは、長く愛用してもらえる物です。少しくらい綻びたり、くたびれたりしても捨てられない、そんな魅力を持った物を作る。それがデザイナーとしての私の仕事です。

シャツ一枚にしても、その素材感、感触、光沢、スタイル、縫製……思い描いたイメージを正確に形にするための素材探しから職人とのやりとりに至るまで、すべてをオーガナイズします」。

少し古びて皺になったジャケットにコットンのパンツ。ゆったり組んだ足元は柔らかそうな革靴。傍らには何でも入りそうな大きなボストン型のバッグ。化粧気のない穏やかな笑顔で静かに話すマーガレットは一見とてもラフでカジュアルな印象だ。

しかし彼女と向き合い、言葉に耳を澄ましているうちに誰でも気づくだろう。彼女を包むすべてに彼女の美意識が行き渡っていることに。身につけるもの、持つものすべてが自然に吟味、選択され、そして長く大切に使われていることに。

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90年代半ば、アンティークのマーケットをチェックする中でマーガレットはアーコールの椅子を見つけた。「実家の台所にあったスタッキングチェアがアーコール社製で1957年にデザインされたものだと、その時、初めて知ったのです」。マーガレットとアーコールの椅子の出会いは、懐かしくも素晴らしい“再会”だった。

「90年代半ばに入って、ロンドンの店にディスプレイ用に置く家具を探していて、アンティークのマーケットを頻繁にチェックしていた時に出合ったのがアーコール社製の椅子でした。実は、それを見て初めて実家の台所にあったスタッキングチェアがアーコールのものだったと知ったのです。

アーコール社はイタリアからイギリスに移住してきた家具デザイナー、ルシアン・アーコラーニが1920年に設立した会社で、50年代から60年代にかけて独自の曲げ木の技術でクラフトの繊細さと高いデザイン性を持った製品を量産することに成功しました。実家にあったスタッキングチェアは、57年にデザインされたもので、当時工場や学校の食堂で大量に使われたヒット商品だったのです」。

マーガレットとアーコールの椅子はそんな形で再会し、以来マーガレットの店に多くディスプレイされるようになった。

「ニレとブナの素材使いのバランス、曲げ木化工の完成度……、その良さにあらためて魅了され、ロンドンの店でアーコールの椅子の展覧会をやろうと思いつきました」。

長く製造中止になっていたスタッキングチェアとバタフライチェアの復刻話は、展覧会の資料を作るためにアーコール社と連絡を取り合うようになった中で自然に持ち上がった。

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「ミッドセンチュリーのデザインというと、著名なデザイナーの華々しい作品がいくつも思い浮かびますが、同時期にイギリスで質の高い製品が地味ながらも丁寧に無銘で作られていたことに目を向けたいのです。

イギリス製品というのは、フランスやイタリアと比較すると、より伝統に重きを置くように思います。たとえば布製品のデザインなら、フランスやイタリアは生地から新しくデザインしようとする。対してイギリスは素材や織り方は変えずに使い方だけ変えるのです。イギリスには本物のハリスツイードがあり、アイリッシュリネンがあります。その伝統と本質はあくまでも揺るぎないものなのですね」。

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この数年、ファッションに止まらずライフタイル全般を提案しているマーガレット・ハウエル。ビジネスとしてブランドのアイデンティティーを確立するという意味では50年代のブリティッシュデザインを念頭に置いていると言う。

「私は平凡で穏やかな子ども時代を過ごしました。海外に旅行するわけでもないし、価値観を揺るがすような物事を求める環境にもありませんでした。だから自然にイギリス的になっているのかも知れませんね。この度、椅子を復刻することができたので、今後は少し欲張ってアーコールのコーヒーテーブルやダイニングテーブルの復刻もしたいなと思っています」。

「Good design is timeless(優れたデザインは時代を超える)」と言う彼女。アンティークマーケットで探し物をしていて、新たに発見したことがあったと言う。

「わが家にあったアーコールの椅子はダイニングのスタッキングチェアだけだと思っていたのです。でも建築家の叔父がくれた、ゆったりとしたアームチェも実家の居間にあって、それがアーコール社製だったと知りました。一番上の姉の持ち物になっていたのですが、最近、取りかえっこして、今では私の物になっています(笑)」。

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「hinism」の創刊準備号、vol.0 2004年4月 泊昭雄企画 WALL発行 A4判 116ページ 1,600円(税込)。「hinism」は、2004年4月の0号から08年4月発行の9号まで全10冊刊行され(記念Boxセットあり)、2018年に復刊(10号- AXIS発行)。

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乃木坂でBooks and Modernを始めて何年か経った頃、ブロンドに白髪交じりのすらりとした女性が見えました。

目が合って、あ、と思った私は、その方に「マーガレットさんですよね。私、10年以上前ですがインタビューでお目にかかりました」と言うと、「あら?」と一呼吸あった後、「ええ、覚えているわ。あなた、三人姉妹の人よね?」と微笑まれました。

インタビューの際、マーガレットさんは、私は三人姉妹なの、とおっしゃっていて、実は私も、その時同席していた広報の方も三人姉妹で、皆で三人姉妹話をして笑ったりしたのでした。

店の書棚にあった、そのインタビューの掲載誌 「hinism」vol.0(2004年4月発行)をご覧に入れると、「まぁ、私、若かったわね!」と笑われたのですが、ページに見入るその横顔は、私がマーガレットさんを始めて知った頃から変わらない、美しい人とはこういう人のことを言うのだ、とあらためて思わせるエレガントな横顔でした。

マーガレットさんは何冊か本を選ばれて、温かい声で「それで、今はあなたはこのお店をやっているのね。とても良いわね」と。

お店は、2020年6月に一旦閉じましたが、いろいろ整理している中で、Books and Modernに見えた素敵な方々を思い出したりしながら、楽しい話で記事や画像が拾えるものは残しておこうと思い、ここに再録しました。(W.H.)

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