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ハノーファー便り Vol.1
自宅リビングデザインアートプロジェクト「クーブスM33」【前編】
text & photos by 小町英恵/ジャーナリスト
Thursday 10, July, 2014
Hannover
「労働者は立方体を自宅に持つべき」!
私の自宅兼仕事場へはハノーファーの中心街から見本市行きのジャスパー・モリソンのトラムに乗って10分ほどで着きます。19世紀末に建設された古い煉瓦造りの町工場(今も操業中)で、昔は工場主家族が暮らしていた館の屋根裏を改造した空間で、この住まいでリビングデザインアートプロジェクト「クーブスM33」を実践して今年でちょうど10周年記念です。
さて、「クーブスM33」と言っても暗号みたいで、一体何のことなのか見当つかないですよね。
「クーブス」はドイツ語で立方体、キューブの意味、「M」はロシア・アヴァンギャルドの芸術家マレーヴィチの頭文字、「33」という数はLPの回転数からで音楽鑑賞を暗示しています。
マレーヴィチが立方体を「幾何学のパラダイス」と見て「労働者はみな立方体を自宅に持つべき」と考えていたということにインスピレーションを得て、どの辺も互いに平等でどの面も互いに平等な立方体を自宅デザインの基本アイデアにしました。プロジェクトには音楽への愛とマレーヴィチだけでなく20世紀のアヴァンギャルド達へのささやかなオマージュの気持ちが込められています。
屋根を突き抜けたレッドキューブ
地元の彫刻家ディーター・フレーリヒさんが空間リノベーションからオリジナルデザインの家具まで手がけて私の突拍子もないアイデアを自身の作品として制作してくれました。
三度の飯よりもクラシック音楽!という夫のために、日々のパラダイスとなる音楽鑑賞空間をクリエートしたいと思った結果がこのレッドキューブです。レッドキューブは1辺が3mで、19世紀末の屋根を突き抜けて20世紀の立方体が降り立ったようです。
夫は毎晩夕飯の後はこのキューブに入っていきます。中は音響がパーフェクトに計算されていて目を閉じると有限の空間が消えてしまい無限の世界で音楽を聴いている感触だそうです。キューブ内はかなりの大音量ですが、キューブの外にいる私にはちょうど適度なBGMになる音量です。
キューブの中は吸音用ウレタンスポンジが張られ、ヴィンテージのハイファイオーディオシステムが揃っています。
フレーリヒさんは、ミニ・レッドキューブが危なげにのっかているセラミックのオブジェもデザインし焼き上げてくれました。このオブジェには指輪入れという機能もあります。私の渡独25周年記念に夫がデザインしたミニミニ・レッドキューブの指輪「クーブスD25」が隠れています。
赤金製の空洞の指輪キューブの中には更に25個のミニミニミニ・ダイヤモンドが隠れているのです。ダイヤモンドの存在は耳元で振ってみて、そのかすかなカシャカシャという音でしか分かりません。日本の男性用の羽織の裏の隠れた芸術性に感動したのがアイデアの原点だったそうです。
ワイワイ動き出す?グレーキューブ
この家への引っ越しの時に、厳選して半分を処分しましたが、それでもまだ夫にはLP 6800枚とCD 3000枚のコレクションがあり、この収納家具として小キューブと大キューブ(色はRALのウィンドーグレー〈※RAL=ドイツの標準色票〉)がデザインされました。
LP用の小キューブ(40×40×36cm)は計34個で、左右鏡開きになる大キューブ4体がCD用です。キューブはMDF製で中は無加工ですが表面はアーティスト自身の手によるラッカー塗装です。ローラー付き(もちろんストッパーも)で簡単に動かすことができるので自由に室内ランドスケープを変化させることもできます。
無秩序に配するとまるでキューブ達が自分勝手にワイワイ動き出したかのようです。アレンジの仕方でレコードは視界に入りません。
今回はフレーリヒさんのデザイン、オブジェを中心にお話ししました。次回は、文豪ゲーテ(1749-1832)の世界を彷彿させるアートや、1980年代のドイツ・アヴァンギャルド作品をご紹介します。(H.K.)
文中※は編者注
小町英恵/文化ジャーナリスト・フォトグラファー
青森・八戸出身。早稲田大学第一文学部卒業。在独30年。デザインを主テーマに文化の創造に関わる人とプロジェクトの取材を続ける。デザイン誌『AXIS』等に寄稿。著者(独語)に『Herrenhäuser Gārten』(ヘレンハウゼン王宮庭園)、『Das Fest der Götter』(神々の祝祭)、訳書(独)に三浦哲郎の短編『赤い衣装』。日独文化交流プロジェクト「SAKE8」でiFコミュニケーションデザイン賞受賞。ヨーロッパのホテルインテリアを紹介するコラムも連載中。 http://www.cera.co.jp/column/hotel/
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